猿――そのタイトルから想像されるものとは一味違う物語が、芥川龍之介の筆によって描かれています。
舞台は厳格な階級制度に支配された軍艦。
そこで繰り広げられる人間の本性と社会の不条理は、私たちの現実ともどこか重なる部分があります。
この記事では、芥川の短編小説『猿』を通じて、彼が伝えたかったメッセージや作品の背景を詳しく探っていきます。
果たして、主人公が奈良島という男を通じて得た気づきとは? そして、芥川が私たちに問いかける人間の本質とは? 物語の深層を一緒に読み解いていきましょう。
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- 『猿』のあらすじと登場人物
- 作品を通じて芥川が伝えたかったメッセージ
- 芥川龍之介の背景と作品の特徴
『猿』のあらすじと登場人物
あらすじ
※ネタバレを避けたい方はスキップしましょう!
主人公は、遠洋航海から戻り、候補生としての年期を終えようとしている時、横須賀に停泊中の軍艦Aで起こった出来事を回想します。ある日、総員集合の喇叭が鳴り、全乗組員が甲板に集められます。副長から船内での盗難事件について話され、身体検査と所持品検査が行われることになります。
検査が進む中、候補生の牧田が信号兵奈良島の帽子箱から盗品を発見します。しかし、奈良島本人が見当たらず、将校たちは奈良島が自殺を図るのではないかと心配します。主人公と牧田は奈良島を捜索し、石炭庫の入り口で彼を見つけます。奈良島は自殺を図ろうとしていたものの、主人公に見つかり阻止されます。
奈良島は翌日、海軍監獄へ送られ、主人公はその後、仲間と港を見ながら牧田に「猿を生捕ったのは大手柄だな」と言われますが、「奈良島は人間だ。猿じゃない」と言い返します。主人公は、副長が奈良島を心配した姿を思い出し、自分たちが奈良島を猿扱いしていたことを恥じます。
奈良島の盗みは女性絡みの理由であったとされ、刑期がどれくらいだったかは不明ですが、少なくとも何ヶ月かは暗い監獄にいたと示唆されています。猿は懲罰を許されても、人間は許されないという結びで物語は終わります。
主な登場人物
- 主人公
軍艦に乗る候補生で、物語の語り手。遠洋航海を終えたばかりで、軍艦内での盗難事件を通して、同僚や上官、そして奈良島とのやり取りを描写する。 - 副長
軍艦の副長で、盗難事件に対して総員集合を命じ、身体検査と所持品検査を指示する。奈良島が見つからない際には慌てる姿を見せる。 - 牧田
主人公と同じ候補生。検査の際に奈良島の帽子箱から盗品を発見する。主人公とは親友で、奈良島の捕縛の際にも同行する。 - 奈良島
信号兵。盗難事件の犯人であり、自殺を図ろうとするが、主人公に発見される。その後、海軍監獄に送られる。 - 砲術長
遠洋航海中にブリスベインで猿を貰い、その猿が艦長の時計を盗んだ際に猿を絶食の懲罰に処するも、途中で罰則を破る。 - 機関兵
顔や手首が黒く、以前に盗難の嫌疑をかけられたことがある。検査の際には猿股まで脱ぐ覚悟を見せる。
『猿』の重要シーンまとめ
この章では「猿」のキーとなるシーンをまとめています。
副長が船内で盗難があったことを告げ、全員に身体検査と所持品検査を命じます。
候補生の牧田が、信号兵奈良島の帽子箱から盗品を見つけます。奈良島が犯人であることが明らかになります。
奈良島が見当たらず、自殺を図ろうとしているのではないかと懸念される場面です。将校たちが慌て、艦内の捜索が始まります。
主人公が石炭庫で奈良島を発見し、自殺を阻止します。奈良島との対峙で主人公は奈良島の「静に」もたげた顔を見て強い衝撃を受けます。
奈良島が海軍監獄に送られる場面。奈良島の行く先と、彼が待ち受ける厳しい運命が示されます。
牧田が主人公に「猿を生捕ったのは、大手柄だな」と言い、主人公が「奈良島は人間だ。猿じゃあない」と答える場面。この会話は、主人公が奈良島を人間として認識し、彼の境遇に対する同情を示す重要な瞬間です。
副長が奈良島の生死を心配して狼狽する場面。主人公が副長の人間らしい同情を思い出し、自分たちの冷酷さを反省する場面です。
「猿」を通してのメッセージ考察
芥川が『猿』を通して伝えたかったメッセージを以下のように解釈しました。
- 人間性と同情心
主人公が最初は奈良島を犯人として冷酷に扱いますが、最終的には彼の人間性を認識し、同情心を抱くようになります。これは、人間が他者に対して持つべき同情や理解の重要性を強調しているのではないでしょうか。 - 権威と人間性の葛藤
軍艦という厳格な階級制度の中で、上官や仲間たちが奈良島を「猿」として扱い、非人間的に対処する一方で、副長が彼の生死を心配して狼狽する姿は、人間性と権威との間の葛藤を描いています。これは、人間が権威や制度に従いながらも、内面的には人間らしい感情や同情を持っていることを示しています。 - 社会の冷酷さと個人の感情
奈良島の運命や彼に対する周囲の冷酷な態度を描くことで、社会が時に個人に対して冷酷で非人間的な対応をすることを批判しています。同時に、個人の感情や人間性がそれに抗おうとする姿も描かれています。
芥川龍之介は「猿」を通じて、人間性の重要性や社会の不条理、そして個人の内面的な成長や葛藤を描き出し、人間とは何かについて深く考えさせる作品となっていますね。
芥川龍之介について
芥川龍之介(1892-1927)は、日本の大正・昭和初期を代表する作家であり、その短編小説の巧みさで知られています。彼は、繊細な心理描写と社会批判を通じて、人間の内面や社会の不条理を探求しました。「猿」という作品も、芥川の作家としての特徴を反映しています。
芥川龍之介の背景と作風
芥川龍之介は、東京帝国大学で英文学を学び、その博識と教養は彼の作品に色濃く反映されています。彼の作品の多くは古典や歴史に基づいており、深い思想性と知識を感じさせます。
芥川は人間の心理を緻密に描写することに優れ、その心理の奥底に潜む社会的要因や不条理を浮き彫りにすることが得意でした。彼は人間の弱さや葛藤、そしてそれに伴う倫理的な問いを鋭く追求しています。
また、芥川は短編小説の名手として知られ、限られた言葉で深いテーマを描くことに長けていました。「猿」もその一例で、短い中に複雑な人間関係と心理を巧みに表現しています。
「猿」における芥川の特徴
「猿」は、軍艦という閉鎖的で厳格な環境を舞台にしており、芥川龍之介はこの設定を利用して人間の本性や社会の構造を描き出しています。このような舞台設定は、彼の他の作品でも見られる社会的な閉塞感や人間の孤独を象徴しています。
作品では、権威のある軍艦内での階級や命令に対して人間性が対立する様子が描かれています。これは芥川がしばしば描くテーマであり、社会や権力構造の中で人間がどのように生きるべきかという問いを提示しています。
また、主人公の内面の葛藤や変化、奈良島という人物への同情心の芽生えなど、芥川が得意とする心理描写が光っています。彼は登場人物を通じて、読者に人間の本質について考えさせます。
さらに、芥川は作品の中で社会の不条理や矛盾を描くことに長けています。「猿」では、猿は許されても人間は許されないという不条理を描き出し、人間社会の不公正さを批判しています。
芥川龍之介の影響と遺産
芥川龍之介は、多くの日本文学者に影響を与えた作家です。彼の作品は学校の教科書にも採用されており、文学教育において重要な位置を占めています。
1927年に35歳の若さで自殺した芥川ですが、彼の作品にはしばしば、彼自身の生きることへの不安や人生の虚無感が反映されています。「猿」に描かれている社会的な不条理や人間の孤独感も、彼自身の内面的な葛藤を映し出しているのかもしれません。
芥川の作品は時代を超えて読み継がれており、その普遍的なテーマと深い洞察力は、現代の読者にも強い訴求力を持っています。彼が探求した人間の本質や社会の問題は、現代社会においても多くの示唆を与えてくれます。
名前だけは知っていましたが、作者の背景を知ると
作品の見方も変わってきますよね。
2024年度で僕も35歳になりましたが、まさかこの年で命を絶ってしまうとは…
あおなみのひとこと感想
軍艦という厳格な環境を舞台に、人間の本性や社会の不条理を巧みに描かれてますよね。
主人公が葛藤しながらも他者への同情心に目覚める様子は、深く考えさせられるものがあります。
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